【誘いの山 愛知の名峰 猿投山】歩き方十人十色

猿投山 愛知の山、自然
猿投山

どうしてこんなに登られているのだろう。

猿投山のことである。

猿投山は県内でも屈指の人気を誇る山だ。

街なかからのアクセスは容易だし東海自然歩道も通る登山道はよく踏まれていて比較的安心して歩くことができる。

山中には由緒ある格式の高い神社が鎮座し四季折々の自然ばかりでなく神話や伝説、巨石信仰や焼き物の歴史にも触れることができて展望も得られるなど見どころが多い。

登山道は編み目のように交差していて様々なルート取りが可能で訪れる人を飽きさせない。

老若男女色々な人を見かけるし、それぞれ自由な登り方で楽しんでいるようだ。

多くの人が訪れるのも頷けるか・・・

でも自分自身はにぎやかな山をどちらかというと敬遠していてしばらく足が遠のいていた。

久しぶりに訪れた猿投山は静かな表情を見せてくれた。

自分が猿投山の多様な一面を知らなかっただけ。

歩いた数だけまだ知らない猿投山に出逢えるはずだ。

冬、某日の猿投山登山

朝、ゆっくりと支度して出かけても大丈夫。

猿投山は休日ともなると神社奥の駐車場は早々に満車になることが多いが、冬場の平日ならゆっくり出かけても既に下山してくる人と入れ違いになって一台や二台、車は停められるはずだ。

10時10分駐車場着。

果たして舗装された駐車場はほぼ満車であったが、道路脇の駐車スペースにはまだ何台分も停められる余裕がある。

ゆっくりと準備体操をしてから登山を開始する。

今回はまだ歩いたことがないカエル石から直接西宮に下る道を歩いて大碓命の墓所を訪れてみよう。

下山後は猿投温泉金泉の湯にも立ち寄りたい。

そして誰もいない?

猿投神社と猿投山

猿投神社の主祭神は大碓命であるが日本書紀では父景行天皇によって美濃の国に幽閉されたことになっている。

また社蔵の縁起書によれば景行天皇52年(122)、猿投山中にて蛇毒の為に薨ず、とあるそうだ。

一方、古事記によれば大碓命は父が娶るはずだった二人の妃を自分の妻にしてしまったり、最後は弟である小碓命(ヤマトタケル)に残忍に殺害されたりとなんだか霊妙な話は少なくて少しさえない印象だ。

ヤマトタケルの数ある伝説に比べると皇子の逸話は神話性に乏しく人間味がある。

猿投山のサナゲの語義についても景行天皇が猿を海に投げ捨てたからとか、山容が鐸(さなぎ・銅鐸)に似ているとか諸説あるが、大碓命薨去を悲しみ真歎(まなげき)山が猿投山になったという説が一番主祭神と猿投山の関係を表しているようで好きである。

猿投神社

猿投神社

あられが降る猿投山山頂で

トロミル水車、お倉岩と通過する。

お倉岩は何かいわれのありそうな岩だと思っているのだが特に詳しい話を見聞きしない。

ただのネーミングだけなのかな、きっと何かありそうなんだが。

お倉岩

お倉岩

先へ進み、御門杉が見えると登山道になる。

熊出没の注意喚起を見て丸太ステップの山道を登り始める。

御門杉

御門杉

あとから豊田市のホームページを参照すると熊の出没情報がPRされていて、猿投地区では昨年5月、7月(3件)、8月、11月と熊の目撃情報がある。

真冬はちゃんと冬眠してくれていそうだけれど結構な数だ。

休憩所まで登って初めて一人の先行者にであう。

登りで体がほてり一枚脱いでいると楽しそうにおしゃべりしながら下山してくる人たちが数組。

テルモスの熱いお茶で一服してから大岩展望台へ向かう。

冬の展望台はあいにくの曇り空だが、一面灰色の冬景色も趣があってよい。

大岩展望台

大岩展望台

展望台にはあとから一人登ってきただけでここまであまり人には行き会わない。

駐車場には結構車があったけどみんなどこを歩いているのだろう。

東の宮を過ぎてもう少しでカエル石というあたりであられがバラバラッと落ちてきた。

あられの方が雨よりはありがたい、もう少しで山頂だ。

あれ?誰もいない。

こんなこともあるんだね。

曇り空から時折あられが吹きつける山頂には誰もいない。

誰もいない猿投山山頂

誰もいない猿投山山頂

なぜだか伊吹山で毒気を帯びた雹に当たって病んでしまったという小碓命(ヤマトタケル)が頭に浮かんできた。

大碓命に逢いに来たんだよとつぶやきながら珍しく誰もいない山頂を写真に収めることができた。

御船石は古代のカタマラン艇だった?

山頂を下りようとすると、ようやく二人組が上がってきた。

入れ違いに往路をカエル石まで戻る。

古代の磐座だったともいわれるカエル石である。

口に紅を引かれたカエルには興ざめだが、少し紅色が薄くなったような気もする。

カエル石の前を通り過ぎて、すぐ先から南西方向へ尾根伝いに下って御船石をめざす。

カエル石から御船石へ下る

カエル石から御船石へ下る

15分ほど浅い踏み跡程度の山道を辿れば御船石に出る。

大碓命が乗ってきた船が石と化したといわれる御船石。

サイズ感といい、天へ向かうような舳先の浮き上がり具合といい、絶妙な造形とネーミング。

片方の船体は真っ二つに折れあたかも難破したかのようだ。

これはもう古代にもカタマラン艇があった証でしょうね。

御船石

御船石

それにしても皇子はいつどこから船に乗ってきて何をしに来たのだろう。

どうして猿投山だったのだろう。

誰か古代の神話を楽しく語ってくれる人はいないかな。

大碓命墓所

御船石から自然観察路を辿ると石塀の脇を通って大碓命の墓所に出る。

宮内庁の管理になっていて中の様子はよく見えないけれど低い土盛があることが分かる。

大碓命墓所

大碓命墓所

西宮の鳥居まで下りると墓所の説明書きがあり「土盛は七色の土を使って築かれ、棺は土器で作られた・・・」とある。

ん~、すると景行天皇の頃に山の上の墳丘や土器の棺があったことになるぞ。

にわかに全部は信じがたいが少しだけ大碓命に近づけた気がする。

西宮鳥居

西宮鳥居

さあ下山。

遠回りして自然観察路を通って東宮に戻ろう。

トイレを済ませて大岩展望台にふたたび立ち寄れば、分厚い灰色の雲の下に碧南の海が金色に輝いて見えた。

大碓命は船に乗ってあの海の先、伊勢に向かう途中だったのかもしれないな。

大岩展望台ふたたび

大岩展望台ふたたび

 

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