【鳳来寺山登山】町ごと屋根のない博物館「利修仙人コース」をゆく

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旅の終盤鳳来寺より望む

鳳来寺山には玖老勢の町から開山の祖利修仙人の「護摩所」を訪れるコースがある。

「利修仙人(修験道)コース」と名付けられたコースは表参道のような生活感やにぎわいはなくただただ静かな山道だ。

現地には「町ごと屋根のない博物館」とうたった看板が立ち、見どころの護摩所や「高徳不動」へのルート案内がなされてはいるが”博物館”と聞いて気楽に訪れることができるほど簡単な山道ではないというのが正直な印象だ。

今回はこの利修仙人コースで護摩所と高徳不動を訪れた後、尾根伝いに鳳来寺山山頂へせまってみる。

尾根は「名勝天然記念物指定地境界」となっており鳳来寺山登山道のなかでも一段険しい岩稜帯を含んでいる。

地形図や登山アプリなどでは一般道として表示されているもののルート中の目印は乏しくルートファインディングが必要で歩いている人は少ない。

だがときどき見え隠れする鳳来寺山の岩峰を見上げながら自ら進路を判断して山頂にせまってゆく岩稜登山は標高700mに満たない山にこんなルートがあったのかと感嘆するほど心湧き上がる楽しさを味わわせてくれる。

鳳来寺山名勝天然記念物指定地境界尾根をゆく

鳳来寺山名勝天然記念物指定地境界尾根をゆく

油断大敵!鳳来寺山「利修仙人コース」と境界尾根

11月末でもみじ祭りも終わって早朝の笠川駐車場にはまだ十分な空きがあった。

車を停められれば一安心。

利修仙人コースは玖老勢からとなるが下山口を考えて笠川駐車場に車を停めて玖老勢までは歩くことにしてみた。

鳳来寺山の山頂をぐるっと回って表参道名物の長い石段を降りて帰ってくる計画だ。

鳳来寺山利修仙人コース(出典:国土地理院ウェブサイト・地理院タイルを加工して作成)

鳳来寺山利修仙人コース(出典:国土地理院ウェブサイト・地理院タイルを加工して作成)

立ち寄りたい「奥平仙千代の碑」と「おふうの墓」

朝の空気は冷たく準備体操をしてもなかなか体が温まってこない。

入念に体をほぐし表参道に来たらいつも立ち寄ることにしている三の門脇の「奥平仙千代の碑」から登山を開始する。

仙千代の碑は鳳来寺山登山の折にはぜひ立ち寄ってみたい史跡だ。

奥平仙千代の碑

奥平仙千代は戦国の世に武田氏の人質となり若くして鳳来寺に生涯を閉じた。

ここの碑文には数カ所史実と異なることが刻まれていて興味深い。

美作守である父奥平貞能を美濃守としていたり、武田勝頼が人質を要求した年代を違えていたりしているのである。

碑は戦争一色だった昭和の時代に至孝の精神を称える碑として建立されたが確信犯的に誤りを記したとは思われず当時の確認作業が十分ではなかったというのが本当のところだろう。

今となっては碑文の修正も難しく仙千代も苦笑いしているのかも知れない。

墓を訪れるたび平和な時代に鳳来寺山に登山できる幸せをしみじみと感じる。

奥平仙千代の碑

奥平仙千代の碑

おふうの墓

おふうは仙千代らとともに戦国の世にこの地で武田氏に処刑された悲劇の乙女。

仙千代の墓碑から32号線を20分ほど北へ歩くと左カーブの内側におふうの墓の道標と長篠のぼりまつりののぼりが一本立っているのが目にとまる。

おふうの墓降り口

おふうの墓降り口

墓はガードレールの切れ目から小さな階段を降りれば訪れることができる。

令和7年は長篠・設楽原の戦いから450年という節目の年であった。

長篠の戦いで散った両軍戦士の霊をなぐさめるのぼりが多数献植された小径の先におふうの墓と刑場がある。

おふうの墓につづく小径

おふうの墓につづく小径

戦国の歴史に触れることのできる「町ごと屋根のない博物館」のコーススポットとして案内されているので立ち寄って手を合わせていきたい。

おふう処刑の地

おふう処刑の地

”博物館”は行くのも一苦労「利修仙人コース」

県道にもどり鳳来寺小学校前まで進み車止めを設置してある右手の歩道に入ってさらに北へと歩く。

墓地の前まで来ると「町ごと屋根のない博物館」の看板と「利修仙人コース」の道標が立っている。

利修仙人コース道標

利修仙人コース道標

看板には護摩所まで20分、高徳不動まで35分とあるが、きつめのコースタイムになっているのでよほど健脚でなければ5割増しぐらいで考えておいた方がよさそうだ。

利修仙人護摩所

コース案内に沿って山道を直線的にずんずんと登っていく。

「ヒル」に注意とある山道だがこの季節になればもう安心して歩けそうだ。

護摩所は鳳来寺を開いた利修仙人が修行した岩窟で野口洞(仙人様)と呼ばれている。

まるで巨大な「のみ」で三面を直角に削り落としたかのように大きな庇を残した凝灰岩の壁の奥に利修仙人像が安置されている。

像は元禄六年(1693)の建立というから鳳来寺は徳川幕府の手厚い保護を受け表参道も賑わっていたであろうころの石像になる。

はたして江戸時代の鳳来寺参詣者はどれほどの人がここまで訪れていたのであろうか。

野口洞(護摩所)

野口洞(護摩所)

高徳不動

護摩所から高徳不動へ至る道は急に険しくなるため要注意である。

”博物館”のつづきと思って安易に足を踏み入れると転落や道迷いなど大きな危険がある。

軽装の場合や登山の初級者は道標にもあるように護摩所から折り返した方が賢明だ。

十分な計画の上で先へ進む場合は「利修仙人護摩所」の立て札の右脇から奥へと進む。

すぐに足場の悪い急斜面になって補助ロープが張ってある。

高徳不動へ向かう急登

高徳不動へ向かう急登

ロープ伝いに登るが転落するとただではすまないので慎重に登ってその先は「町ごと屋根のない博物館」看板の矢印方面へと進む。

「高徳不動まで8分」となっている看板からは浅い踏み跡を谷筋へ下るので道迷いやスリップにも注意が必要になる。

高徳不動まで8分の道標

高徳不動まで8分の道標

あとで往路を戻ってくるので帰り道と周囲をよく確認しながらゆっくりと降りたほうがよいだろう。

尚、看板に”鳳来寺参道まで”とあるのは先へ下れば表参道に至る道のことであり今回は高徳不動で踵を返す。

高徳不動

高徳不動

高徳不動には赤い鳥居と小さな霊水が溜まる背後に立不動が安置されていてこちらも利修仙人像と同じころの元禄7年(1694)の建立で遠方からも多くの参拝者が訪れたという。

誰もいない小さなお不動様の前までくると冬の強風で枯れ葉がまるで吹雪のように吹き付けてきてなんだかお不動様によく来たねと声をかけられたような気がした。

感動の「名勝天然記念物指定地境界」尾根で鳳来寺山へ

高徳不動から「名勝天然記念物指定地境界」となっている尾根の分岐(①)まで戻る。

鳳来寺山の地形図を見ると山頂と玖老勢の町を結ぶ一本の歩道が通っている。

これが境界尾根だ。

名勝天然記念物指定地境界尾根(出典:国土地理院ウェブサイト・地理院タイルを加工して作成)

名勝天然記念物指定地境界尾根(出典:国土地理院ウェブサイト・地理院タイルを加工して作成)

登山道は尾根伝いに東西にのびていて標高約350m地点で高徳不動方面へ南にT字分岐(①)してさらに表参道へとつながっている。

この分岐には写真の「町ごと屋根のない博物館」の看板が立っていて高徳不動と表参道への方角は示されているが鳳来寺山山頂方向は指し示されてはいない。

つまり山頂方面はもう”博物館”コースではありませんよということなので心して登らなければならない。

山頂へ向かうには看板から正面奥へとうすい踏み跡をたどる。

いよいよここからが今回の鳳来寺山登山の本番である。

境界尾根へは看板の裏手へ直登する

境界尾根へは看板の裏手へ直登する

名勝天然記念物指定地境界

鳳来寺山は昭和6年(1931)に名勝および天然記念物に指定されている。

”名勝”にも”天然記念物”にも指定されているのは県内では鳳来寺山以外では阿寺七滝、乳岩峡など3カ所しかない。

そしてこの貴重な指定地の境界であることを表す文部省(当時)による石柱が尾根上に点々と設置されていて登山ルートはこれらの標柱を辿ってゆく感じになっている。

基本的に尾根を外さなければ頂上に着けるが登山道途中に道案内や目印テープなどは乏しい。

高度感のある岩稜登攀や広い尾根筋の通過、分岐の見極めなどもありルート判断が必要で初見の場合は下りではなく登りを先に経験しておきたいルートだ。

指定地境界尾根の要所

分岐(①)から踏み跡を辿り、早めに左上方へ抜ける感じで巻き登ると尾根に上がる。

尾根伝いに歩き標高約430mほどで小ピーク(②)に出る。

ルートはここで左へ振ってゆるく下っているが目印テープがあるので分かるはずだ。

その先へ標高約450m地点まで登ると二つ目の小ピークとなって煙巌山(③)に到着する。

鳳来寺の山号ともなっている煙巌山には長い境界地石標が建っている。

煙巌山

煙巌山

煙巌山から今度は進行方向を東にとると正面に鳳来寺山の岩峰が見えてくる。

点々と現れる標柱を辿りながらゆるやかに尾根を下ると大きな一枚岩(④)を通過する。

大きな一枚岩

大きな一枚岩

先からはシダ混じりの急登に変わり、小さな岩峰の左を巻いて鞍部に降り立つと前方に岩壁が現れて進路をふさがれてしまう。(⑤)

鞍部には目印テープと左手には踏み跡もあって進路に悩むかもしれないが岩壁を直登できる。

ここはルート中の核心部の一つで岩壁右手寄りから小さな松の木を見上げて直登する。

鞍部からの核心部(⑤)

鞍部からの核心部(⑤)

ほんの短い距離の登攀だが先が見えないので高度感が出て緊張するところだ。

足を置くスタンスと手で掴むホールドはしっかりあるので三点支持が確実にできる人であれば問題なくクリアできるだろう。

一方、初見でここを降りるとなると一段難しいであろう。

登れない人、降りられない人は必ずいるのでパーティーメンバーで技量が異なる場合は確保をためらわないように通過したい。

短いロープが一本あると安心だ。

岩盤に立ちあがって振り返れば一気に視界がひらけて絶景が広がっている。

冬場は風裏となって暖かい。

この先は登りがつづくのでゆっくりと休憩してゆくのがおすすめだ。

大きな庇状の岩(⑥)までは20分ほどの登りをこなす。

庇状の大岩

庇状の大岩

ハングした岩の先から二つ目の核心部が始まる。

右寄り、右上へと岩壁の基部を回り込んで登っていくが右側が急斜面になっているので転落、スリップに要注意の箇所がつづく。

補助ロープ(⑦)を過ぎると虎松岩(⑨)へつづく岩稜に上がって緊張を解くことができる。

虎松岩への分岐

虎松岩への分岐

この地点はT字分岐になっていて岩稜に上がって左手へ数分ほどゆくと虎松岩なので寄り道してみるとよい。

吸い込まれるような絶景がひろがっている。

瑠璃山(⑩)頂上へは分岐まで戻って直進するがこれまで登ってきた往路を下山ルートにするときにこの分岐を見定めるのは難しいので次の機会のためによく観察しておきたい。

分岐から5分も登れば棚山への縦走路に出て瑠璃山はすぐ先だ。

充実の境界尾根を歩いてきた身には宇連山、三ツ瀬明神山の遠景もひとしおである。

瑠璃山より宇連山、三ツ瀬明神山をのぞむ

瑠璃山より宇連山、三ツ瀬明神山をのぞむ

岩稜登攀の余韻に浸りながらひとしきり景色を堪能して鷹打場鳳来山東照宮鳳来寺と周回して下山することにする。

鷹打場

鷹打場

今回は町ごと屋根のない博物館の利修仙人コースからつなげて鳳来寺山登山ルートの中では少しきびしい脱初級者向けの境界地尾根を歩いてみた。

訪れる人も少ないルートはまさに修験道のようで岩稜登攀のエッセンスがたっぷりとつまっている。

十分なルート研究と準備の上で安心安全に心躍る尾根歩きを楽しみたい。

管理人山行日 2025年12月12日
笠川駐車場発 7:30
笠川駐車場戻り 14:35

鳳来寺山については【歴史と伝承を辿る鳳来寺山】じっくり登山のすすめでも紹介しています。

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