登山が趣味で本当によかったと思います。
山が終の棲家になればいいなあとも思っています。
あるときふと気がついたのは、なんで終の「棲家」と書いて「住家」じゃないのだろうということです。
人が人生の最後を暮らす家なら「住家」でいいはずで、一般に「棲む」という字は人間以外の動物や生き物、あるいは幽霊やおばけなど超常的な存在が主体の場合に用いられていると思います。
今回は「終の棲家」や年々衰える体、シニアの終活登山はどうありたいかについて一シニア登山者の視点で考えてみたいと思います。
あらかじめお断りですが、この記事は決して正解や万人への最適解を示そうとしているものではなく筆者自身が日頃実践したり楽しんでいる登山スタイルを紹介しているにすぎません。
歳を重ねることへの一シニアのあがき、登山の道草談議みたいなものですが同類シニア登山者の幸せな終の棲家探しや安心安全登山の参考になるところが少しでもあればうれしく思います。

知立公園(かきつばた)
【シニアの終活登山】目標は終の棲家と安全に壊れる体
警察庁生活安全局が出している「令和5年の山岳遭難の概況等」によれば令和5年の山岳遭難者は3568人、うち死者・行方不明者は335人だったとのことです。
平均すると、実に毎日10人ほどがこの日本のどこかの山中で遭難しその内のひとりは亡くなっていることになります。
年齢層別にみると死者・行方不明者のうち60歳以上の高齢者が占める割合は225人と全体の67.2%を占めています。
いかに高齢者の事故が多いかがわかります。
山へ出かけて家に無事に帰ってくるということはシニア登山者にとって最重要課題なのです。
いつか山にでかけることが出来なくなるその日まで、大きなけがや遭難をすることなく登山を楽しみたい、遭難だけは絶対に避けなければと思います。
登山は「棲家」という生地へ帰る旅
さて冒頭の「棲家」と「住家」ですが、「棲家」となっているのは人間という動物にとってもっとも安らぐことのできる場所を象徴しているものだからというのが筆者の考えです。
動物である人間は太古の昔はみな棲家で暮らしていたのです。
生まれ落ちて生涯を終えるまで暮らしの場は棲家でした。
ところがいつのころからかもっとよい暮らしはできないかと棲家をでてあたらしい「住家」をさがすようになった。
みんな終の棲家をさがしている現代とは逆ですね。
あたらしい住家に安住できた者もいたけど、多くは生涯を終える頃になって幼かった頃の棲家こそが求めていた場所なんだと気づく。
登山者は動物の本能で日常の住家には見あたらずかつての棲家にはあったもの、自分の魂がもっとも解放される場所が山にあると知っているからこそ山へでかけるのではないか。
登山の終活は棲家という生地へ帰る行為、旅なんだろうと思います。
「住家」なくして終の棲家は手に入らない時代
現に暮らしている住家こそ自身が望んだ終の棲家だといえる人はこの上なく幸せです。
でも現実にはそのような人は少数で、自分のことよりもまず離れて暮らす年老いた親の終の棲家を考えることの方が先というシニアが大多数ではないでしょうか。
現代では老年になってどこに住まうか、つまり「住家」を決めることの方が先決問題になっているといえます。
これを解決することなくして終の棲家へはたどり着かないのです。
どうしたらよいか。
身も蓋もありませんが、自分のことは自分で考えるしかない。
家族の数だけ答えがあり、おなじ数だけ終の棲家への登頂ルートは異なるのだろうと思います。
お金のこと、年老いた親の認知症や介護、相続や税金の問題などなど、次から次と現れる難所を抜けて頂へ歩いてゆくのがシニアの終活登山。
筆者も悩みに悩んで転居を重ね、自身の住家や親の住家を決めてきましたし未だ終の棲家を求めて歩き続けてもいます。
「安全に壊れる体」で歩くということ
製造業やシステム構築などに携わったことがある人であればフェールセーフの考え方は身にしみていることだと思います。
設備や装置、どんな機械でも経年や何らかの理由により、それらを構成する部品が劣化したり損傷したり機能が低下してしまうことは避けることができません。
ですから、そのような事態が発生してもシステムが一挙に制御不能に陥ったり暴走したりすることがないように常により危険じゃない方向に壊れたり、安全に機能停止するように設計されている。
「最後は安全に壊れる」というやつです。
人も同じでシニアの安心安全登山については、この「安全に壊れる」体をつくったり維持することが極めて重要だと考えています。
年々体力が低下していく体で山へでかけてあるとき山中で急に動けなくなってしまう、ちょっとした弾みで捻挫や骨折など大きなけがをして救助が必要となってしまうといったようなことは体がいっぺんに壊れてしまった状態です。
そうではなく、行動中の自分の体調や残っている体力をしっかりと認識できたり、負荷がかかっても下山できる程度の疲労や痛みでやり過ごすことができる体、完全に壊れてしまう前に「これ以上進むと危ない」と危険シグナルを発することができる体が登山では求められるわけです。
この「安全に壊れる体」で歩くということがシニアが終活登山するうえで非常に大切だと思います。
わかっているけど、でもなあと多くのシニアは言います。
気力もだんだんと衰え、つらいトレーニングなんかやってられない、自分はハイキングだけだから大丈夫と考えている人も多いのではないでしょうか。
でもどんな軽登山であっても最初から身体の安全が保障された登山などありません。
ここからはどうしたら「安全に壊れる体」をつくり、またそれを維持することができるのか考えてみたいと思います。
シニアが取り組むべきは、肉体トレーニングはもちろん大事だけれども登山の安心安全に対するアンテナの感度をあげることだと思います。
動的なトレーニングと静的な準備で「安全に壊れる体」の危険予知センサーは感度アップします。
そして静的な準備だけでも登山の安心安全は向上するのですからこれをやらない理由がありません。
【シニアの終活登山】安全に壊れる体つくりのヒント
安全に壊れる体になるためには肉体的な強さと身体の危険に対する感受性の両方を高める必要がありますが、シニアが肉体的トレーニングに励むのは若い人以上になかなかたいへんです。
そこで筆者が心がけているのは、まずは自分自身の「現時点での体力」を客観的に知っておくということです。
筆者は会社を退職した頃、少しダッシュして走ってみたときにほとんど走ることができず愕然としたことを覚えています。
足が全然あがらないのです。
少しは山にも行っていたし健康にはそこそこ自信もあったので衝撃でした。
「こんなに体力が落ちているんだ・・・」と思いました。

知立公園(花しょうぶ)
シニアは「体力診断」だけでもいい
山では決して自分の体力以上には歩けない。
山で体をいっぺんに壊さないためには、体力以上の山へ行かないことです。
ですから自分の現在の体力を正確に把握しておくことが重要です。
では体力とは具体的に何か。
山で必要になる体力には持久力や筋力、敏捷性や柔軟性、バランス感覚、瞬発的パワーなど様々な要素があります。
体力には身体的要素に加え意志力、判断力、ストレスに対する抵抗力といった精神的要素もありますが登山で必要となる体力はなんといっても身体的要素領域における行動体力です。
あの山を歩くには8時間はかかる、装備は10kgにはなりそうだ、ちょっとした岩場の通過もあるからバランスを崩すと大変そうだ、下りのルートが長くて膝にきそうだなどなど事前の情報収集で必要となる体力の要素や山行で要求される体力レベルのあたりをつけることができます。
調査した結果に照らして自分の体力がきちんと把握できていれば「大丈夫、歩ける」という確信を持って山にでかけることができますし体が大きく壊れる危険性は低減します。
肉体トレーニングをしていないシニアはせめて現時点で自分はどのぐらい行動できるのか自身の体力レベルを正確に把握しておきたいところです。
毎年同じ結果をだせるか自分でときどき体力診断をやってみると肉体トレーニングの具体的な目標も立てやすくなります。
でも、でも、やっぱりシニアは肉体トレーニングが苦手できらいです。
そこで最後に苦しい肉体トレーニングなどなしに壊れにくい体をつくるためのヒントについて考えてみます。
登山の「準備」だけで体は壊れにくくなる
登山計画書
登山にでかけるときに登山計画書をつくっていますか。
登山計画書の意義については長くなるのでまた別の機会にしたいと思いますが、その効用の一つに忘れ物を防げるということがあげられます。
忘れ物と壊れない体と何の関係があるのか。
こんな経験をしたことはないでしょうか。
「車で現地に到着したら登山靴を家に忘れてきたので仕方なく履いてきた靴で登った」
「帽子や日焼け止めを忘れて首すじやら腕やら日焼けしてのぼせて大変だった」
「虫除け剤や防虫ネットを忘れて顔中ブヨに食われて散々な目にあった」
「腕時計を忘れて、ながらスマホで歩いていたらつまづいた」
「靴底が剥がれても応急修理の装備を持っておらずそのまま歩くしかなかった」
どれもこれも忘れ物をなくせば身体が大きく壊れる危険を低減することができることばかりです。
筆者は登山計画書の中に装備チェックリストを一体化して出かける前に必ずレ点チェックしてから山に行くようにしています。
ザックの重さを量る
装備をすべてザックに詰めたら必ず重さを量ります。
そしてあとで見返すために登山計画書にも記録しておく。
なぜこれが体を壊さないことにつながるのか。
それは自分が日頃どれぐらいの重量なら担いで歩くことができるかを知ることができるからです。
筆者はどの山へ行くにも余分なものを詰めて「いつもおなじ重さ」に増やしてからでかけます。
装備はできるだけ軽量化した方がよいという考えには賛成しますが、筆者は少し違います。
むずかしい山をやる人であれば、これで10g、あれでもう5gと徹底して軽量化することで行動体力を高めようとしているはずですし、それでよいと思います。
でもシニアの場合は100g軽くなったから行動体力が高まると期待するよりいつもより1kg増えたけどまだ自分の行動体力は変わらない範囲だと確認できることの方がよほど安心です。
計量はおなじ重さに慣れるということと、その重さなら自分は常にアクティブに登って降りてこられるぞということを確認するための作業です。
シニア登山者は100g、50gを軽量化して悦に入るより、この重さなら自分は一日中遊んでも帰ってこられるという根拠ある確信の方がよほど大切です。
重さの調整を「水」で行えば、下山口に水が無いときでも手洗いに使えて一石二鳥です。
準備体操
いっぺんに壊れない体の維持に効果てきめんなのが登山前の準備体操です。
現地に着いてすぐに歩き出すのではなく、シニアほど準備体操を入念に行ってから登るべきです。
筆者はつま先から首回りまですべての関節や筋肉、筋をほぐす感じで体が火照るぐらいに行っています。
下山後は整理体操です。
下山したらまずすぐに体をいたわって整理体操や部分マッサージをしておくと身体に残るダメージは小さくなるような気がしています。
体操やマッサージは登山の休憩中にやるのも効果的です。
シニアは自分の体に体調を聞きながら、体をいたわりながらゆっくりと登れればいいのです。
体にやさしくお金をかける価値がある登山の「装備」
自転車
自転車が登山装備かというコメントはあるかと思いますが、シニアの終活登山は終の棲家への旅と考えれば頼れる旅の相棒、助っ人装備の筆頭です。
そして特にアクティブなシニアにおすすめしたいのが折りたたみ自転車です。
筆者ははじめから自転車に乗る計画がない山へでかけるときにも車に折りたたみ自転車を積んででかけています。
登山前や下山後にちょっと寄り道して付近をサイクリングしたり、登山口周辺の状況を偵察したりと小回りが利いてコンパクトに収納できる折りたたみ自転車は行動体力の低下したシニアの活動範囲を格段にひろげてくれます。
また電動アシスト自転車もたいへん魅力的な選択です。
折りたたみ自転車の魅力についてはこちらの記事でも紹介しています。

きっと体力を補って余りある登山の最強装備のひとつになって登山の楽しみ方もひろがることと思います。
ヘルメット
ヘルメットは持っていますか。
シニアの体にやさしい登山装備の二つ目はヘルメットです。
ハイキングにヘルメットなんかいらないよという方も多いと思いますが落石や滑落がありそうな山中で適切にヘルメットを着用しているハイカーは少数です。
岩登りをするクライマーなら必ずヘルメットを着用するであろうというようなシチュエーションがハイキングルートにだって現れることがあります。
自分の身は自分で守る、最大の弱点である頭部の保護についてはよくよく備えたいものです。
頭部は肉体トレーニングで鍛えようがありませんし転倒、滑落は道迷いと合わせ遭難の二大要因の一つなのです。
なによりヘルメットを隙なく着用しているシニア登山者はカッコイイです。
ファッショナブルなヘルメットもたくさんありますからお金で買える安全や危険の軽減について楽しみながら検討すればよいのではないでしょうか。
最近では登山と自転車で使えるヘルメットなんかもありますのでうまく活用したいものです。
ヘルメットについてはこちらの記事でも紹介しています。

シニアこそ習熟すべき体力を補助する登山の「技術」
トレッキングポール
トレッキングポールはバランス力や持久力、衝撃の吸収・緩和といった行動体力を補助してくれる装備の一つですがこれを使うには技術がいります。
トレッキングポールはすぐれた装備ですが、使いようによっては体力を補うどころかかえって身体に危険を及ぼすことがありますので注意が必要です。
多くのトレッキングポールは折りたたみ式や伸縮式になっています。
伸ばしたときのロック状態が甘いままで使用していると力を入れてポールを地面に突いたときにロック部分が突然ゆるみ、不意を突かれて転倒する危険があります。
また使わないときはどのようにザックに収納するのか、山中ですばやく出し入れはできるか、歩くときにポールがじゃまにならないか山へ出かける前に確認して工夫しておくべきです。
両手を使って登らなければあぶない斜面をポールを持ったままもたもたしたり、ザックにぞんざいに縛り付けたポールが木に引っかかって体をもっていかれたりするのは初級者にありがちな危険な使い方です。
すぐれた技術解説書はたくさんありますのでまずは机上の学習に力をいれたいものです。
登山記録
登山記録をつけることと行動体力やその補助はどのような関係があるのでしょうか。
筆者は登山記録をつけることは重要な登山技術の一つと考えています。
登山計画を立てて山へ行き、登山道の状態や現在位置、道標や所要時間、天候や気温、生えている樹木や体の状態、匂いや音、危険箇所などなど五感を働かせながらできるだけ詳しく観察して記録する。
そうすることで計画に対し予定通り歩けているか、行動体力は十分残っているかを確認することができますし危険は迫っていないか、次に現れる難所に対しても身体の危険予知センサーが反応するようになります。
おなじ道を登りでも下りでも歩くときに登りのときには気がつかなかった踏み跡や道標、目印などに下りでは気がつくといったことがよくあります。
これなどは視点が変わると体の危険予知センサーの感度は鈍るということを示しています。
つとめて能動的に歩くことでセンサーの感度は高まって行動体力を補い身体の安全につなげることができます。
今日4月28日はたまたまシニアーズデイでした。
最後まで登山の道草談議におつきあいいただき、ありがとうございました。
シニア登山者の皆様が安心安全に「終の棲家」を見つけられることを心から願っています。
ともに終活登山がんばっていきましょう。
それでは次、どこへ行きましょうか!